「見積もりを見直しました。もう一度、話をさせてもらえませんか?」


一条工務店との最終打ち合わせを翌日に控え、気持ちを切り替えていた矢先、セキスイハイムの担当者から一本の電話がかかってきました。数時間前、こちらからははっきりとお断りをしたはずでした。
しかし、電話だけでは終わりませんでした。 その新人の担当営業マンは、なんとそのまま妻の実家のチャイムを鳴らし、直接交渉にやってきたのです。

その必死な姿に、私は一瞬、言葉に詰まってしまいました。
断ったはずの相手が、目の前にいる
今まで検討してきたどのメーカーも、一度お断りすればそれで終わりでした。 しかし、彼は違った。夜分にもかかわらず実家まで足を運び、「もう一度チャンスをください」と食い下がってきたのです。
「この人と、家づくりをしてみたい」 理屈ではなく、その熱意に心が揺れ始めている自分がいました。
改めて提示された見積もりは、一条工務店とほぼ同等の価格。しかし、内容は驚くべき「神条件」でした。
- 一条工務店よりも広い「建坪」
- 何より衝撃だった「地盤改良費の定額化」
「地盤改良にいくら掛かっても、一律この価格で構いません」
土地の状況によって数百万円単位で跳ね上がる「地盤改良費」という不確定要素。そこに踏み込んだ条件を提示したのは、セキスイハイムだけでした。契約前まで詳細な見積もりが出ない一条工務店と比較して、その安心感はあまりにも魅力的でした。

逃げ場のないプレッシャー
さらに、当時の私を揺さぶる要素が重なります。
- 密かな憧れだった「鉄骨住宅」
- ネットで見かけてしまった一条工務店への不安な情報
- 「広さ」を求めていた妻の希望を叶えられるという喜び
これらが重なり、目の前の提示が、今思えば出来過ぎなくらいの条件に見えてしまいました。
そして、「今日、この場で決めなければならない」という強烈なプレッシャー。 実家の玄関先で、時間が経つにつれて逃げ場を失い、私はついにその言葉を口にしました。
「……セキスイハイムにします」

冷静さを欠いた、人生最大の決断
今振り返れば、何もその場で即決する必要なんてありませんでした。 「明日の一条工務店との打ち合わせを終えてから考えます」と言って、一度お引き取り願うこともできたはずです。
どちらのメーカーが良い、悪いという話ではありません。 「営業マンの熱意に押され、冷静さを欠いたまま、勢いで決断してしまった」 その自分自身の判断こそが、今思えば一番の失敗だったのだと思います。
こうして、私たちはセキスイハイムで家を建てることになりました。 しかし、本当の戦いは、ここから始まったのです。
「夜の訪問者」がもたらしたもの
セキスイハイムの担当者が夜分に実家まで来たあの出来事は、今でも不思議な記憶として残っています。ビジネスの世界では、あの行動を「無礼だ」と感じる人もいるかもしれません。しかし私にとっては、「この人は本気だ」という印象が強く残りました。
人間は不思議なもので、「熱量」に動かされることがあります。担当者の必死な姿が、私の中に「もしかして、この人と家を建てたら、何かが変わるかもしれない」という感覚を芽生えさせました。
一条工務店との決別
翌日、一条工務店との最終打ち合わせをキャンセルしました。電話口で、担当者は「そうですか……」と少しの間を置いてから答えました。長い付き合いだっただけに、申し訳ない気持ちもありました。でも、あの夜のセキスイハイムの担当者の姿が、私の背中を押していました。
一条工務店の性能や品質に不満があったわけではありません。ただ、「熱量」の差を感じてしまったのです。家づくりにおいて、担当者との信頼関係は思っている以上に大切です。最終的に、私はその「人」を選びました。
この選択の結末
セキスイハイムで家を建てたこと自体は、後悔していません。建物の品質や施工には満足しています。問題は「どこで」建てたかではなく、「誰の土地に」建てたかでした。
ハウスメーカー選びで悩んでいる方に伝えたいのは、「性能や価格だけでなく、担当者との相性も大切にしてほしい」ということです。家を建てる過程では、何度も担当者と話し合う場面があります。その相手と信頼関係を築けるかどうかが、家づくりの満足度を大きく左右します。
この経験から伝えたいこと
振り返ると、家づくりの過程で私が最も欠いていたのは「立ち止まる勇気」でした。何かおかしいと感じても、流れに乗って進んでしまう。周囲の期待に応えようとするあまり、自分の気持ちを後回しにしてしまう。そんな繰り返しが、やがて後悔という形で積み重なっていきました。
妻の実家の土地に家を建てることを検討している方に、一つだけお願いがあります。それは「お金のメリット」だけで決めないでほしい、ということです。土地代がかからないことは確かに大きなメリットです。でも、それと引き換えに何を受け入れることになるのかを、できる限り具体的に想像してから決断してほしいのです。
10年後、20年後の自分が「あの時の選択は正しかった」と思えるように。そのための材料の一つとして、このブログが役立てれば幸いです。読んでいただきありがとうございました。