妻の父の発言に不安を感じながらも、
確認申請は無事に完了し、家づくりは少しずつ進んでいきました。
そして、地鎮祭を行うことになりました。
地鎮祭とは、
工事を始める前に土地の神様へ挨拶をし、
これから始まる工事の安全と、
住む人たちの暮らしを祈願する儀式です。
どういうことをするのかは、
YouTubeなどで事前に見ておくのがおすすめです。
正直、私はあまり地鎮祭に乗り気ではありませんでしたが、
近所の方との顔合わせや、
「これから本当に建てる」という区切りとして、
結果的にはやって良かったと感じています。
地鎮祭も終わり、
基礎工事、上棟も順調に進みました。
セキスイハイムはユニット工法で、
工場で作られたユニットを基礎の上に乗せて家を完成させます。
工場でほとんどを施工してくるため、
致命的な施工不良が発生しづらく、
上棟もユニットを一つずつ乗せてボルトで固定していく、
非常にシンプルな工程です。
上棟日には、
土地に対する家の配置や大きさも一目で分かります。
これまで、
家の間取りや外構についての細かい話は、
妻の父にはあまり伝えていませんでした。
正直に言えば、
余計な口出しをされたくなかったからです。
そんなある日、
妻に一本の電話がかかってきました。
「土地の空いている場所があるから、
そこで孫と畑をやりたい」
その場所は、
私がDIYで人工芝を敷き、
庭として使おうと考えていた場所でした。
妻は電話口で、
「いいんじゃない。楽しそう。」
と答えていました。
その会話を聞いた瞬間、
私は言葉を失いました。
もし畑を作られれば、
朝起きて窓を見ると、
妻の父が庭で作業をしている。
私にとって、それはかなりストレスの大きい生活です。
確かに、土地の名義は妻の父のものです。
ですが、人の家の裏側に自由に出入りするという感覚には、
強い違和感を覚えました。
頭の中には、
以前聞いた「これは私の土地なんだ」という言葉がよぎりました。
そして、妻に対しても、
正直なところ不信感を抱いてしまいました。
「なぜ、この状況が想像できないのか」
「自分が同じ立場でも、同じ返事をするのだろうか」
そんな思いが次々に浮かび、
もしかすると、取り返しのつかない選択をしてしまったのではないか――
そう感じるようになりました。
建築前に感じていた違和感が、
はっきりと「不安」に変わった瞬間でした。
最終的に畑の件については、
私から
「ここは人工芝を敷く予定なので」
と伝え、何もしないことになりました。
ですが、この出来事で、
私はかなりのストレスを感じました。
まとめ|この不安の正体
この出来事で私が強く感じたのは、
「畑をやる・やらない」という話ではありませんでした。
問題だったのは、
- 私たちの家の使い方について
- 私に一言も相談がないまま話が進んでいたこと
- そしてそれを、妻も何の違和感もなく受け入れていたこと
でした。
このとき初めて、
「もしかして私は、
考え方や感覚の違う人たちの中に、
一人だけ入り込んでしまったのではないか」
そんな感覚を覚えました。
話し合えば解決できる問題ではなく、
そもそも話し合うという発想が共有されていない。
この構図に気づいてしまったことが、
私にとっては何より大きな不安でした。
家づくりが進むにつれて、
この不安は少しずつ後悔へと変わっていきます。
そして後になって分かることになりますが、
このとき感じた感覚は、決して気のせいではありませんでした。
【次の記事はこちら】
妻の実家の土地に家を建てた結果|建てた後に感じた後悔①
