いよいよ、家の計画が法律や条例に適合しているかをチェックする「確認申請」の段階に入った頃のことでした。

私たちが家を建てる市は、確認申請が非常に厳しいことで知られていました。 案の定、「ここを修正してください」「この部分は認められません」といった細かい指摘が、想像以上に多く入ります。
正直なところ、当時の私は「厳しい市だし、プロに任せておけば大丈夫だろう」と、その程度にしか考えていませんでした。
しかし、問題は「申請の中身」ではなく、意外なところから飛んできた「言葉」でした。
協力し合ってきたはずの「境界線」
土地の所有者である妻の父にも直接説明が必要だという話になり、ハウスメーカーの担当者が内容を伝えにいったときのことです。
役所からの厳しい指摘を聞いた瞬間、義父の態度が豹変しました。
「これは、私の土地なんだ。なんでそこまで指図される必要があるのか」

強い口調で、ハウスメーカーにそう言い放ったのです。
確かに、土地の所有者は義父です。 ですが、この土地を家が建てられる状態にするために、遺産分割協議書の作成や名義変更など、義父・妻・私の3人で協力し、心血を注いで進めてきたはずでした。
それなのに、いざトラブルが起きると出てきたのは「私の土地なんだ」という、私たちを突き放すような一言でした。
「安心」ではなく「諦め」に近い不安
その話を聞いた瞬間、私は激しい落胆に襲われました。 「ああ、やっぱり心の底では、そう思っているんだな……」
家づくりが進み、もう後戻りできないこのタイミングで、土地という「根っこ」を握っている人の本性が露わになった。
「この先、何かあるたびに、私はこの言葉を聞き続けることになるのではないか?」 「本当にここで進めて大丈夫なのだろうか?」
確認申請自体は、ハウスメーカーの調整によって時間はかかりつつも無事に通りました。しかし、私の中に残ったのは安心感ではありませんでした。家づくりの足元が、音を立ててぐらついたような感覚。

家を建てる前から感じていた「小さな違和感」が、はっきりとした「巨大な不安」に変わった瞬間でした。
今回の学び:家づくりは「人間関係」の確認作業
この出来事を振り返って思うのは、「家を建てる不安」の本質は建物ではなく、人間関係にあるということです。
義父のあの一言は、これから先の関係性を残酷なまでに予言していました。もしあの時、感情に蓋をせず、以下の3つを真剣に整理できていれば……と悔やまれます。
- この土地に、本当に人生を預けていいのか?
- 多少の違約金を払ってでも、一度すべてを白紙に戻す勇気を持てないか?
- 義父の人間性と、一生関わり続ける覚悟はあるか?
これらを「土地があるから仕方ない」と曖昧にしたまま進んだことが、のちの後悔へと繋がっていきます。
家づくりでは、図面の確認よりも先に、「土地に縛られない人間同士の距離感」を確認しておくべきだったのだと、今になって痛感しています。
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