家が完成し、ようやく新しい生活が始まった頃のことでした。
ある日、義父から「ここに鯉のぼりを立てたい」という話が出ました。場所は、私たちの駐車場のすぐ目と鼻の先。もし何かあれば、家や車に直撃しかねない位置です。
最初は「季節の行事だし、孫のためを思ってのことだろう」と、軽く受け流そうとしました。しかし、話を聞くうちに私の違和感は拭えないものへと変わっていきました。
なぜなら、その計画は専門業者に頼むわけでもなく、知識のない素人が、独断で巨大なポールを立てるという、リスクへの配慮に欠けた内容だったからです。

届かない「安全への問いかけ」
私の頭をよぎったのは、最悪のシミュレーションでした。 「強風でポールが倒れたら、車はどうなる?」 「家にぶつかって外壁が傷ついたら?」 「もし、そこに人がいたら?」

私は率直に、そして少しイライラを抑えきれずに聞きました。 「倒れてきたらどうするんですか? 車や家に当たったらどうなるんでしょうか?」
しかし、その問いに対して明確な答えが返ってくることはありませんでした。 義父の反応は、「そんなに心配しなくても、なんとかなるだろう」といった、根拠のない楽観的な雰囲気に満ちていたのです。
その空気感の裏側に、私は以前言われたあの言葉を思い出さずにはいられませんでした。 (私の土地なんだから、何をしても問題ないだろう……)
孤立無援の「正常な感覚」
さらに私を追い詰めたのは、隣にいた妻の反応でした。 「別にそれくらいいいじゃん。なんでそんなに細かいこと言うの?」
家や車を守るために安全性を確認しているはずの私が、その場では「空気が読めない、神経質な人」という扱いにされていく。
「あれ、自分だけがおかしいことを言っているのか?」
その瞬間の孤独感は、筆舌に尽くしがたいものでした。最終的に鯉のぼりの件は立ち消えになりましたが、私の中に残ったのは「解決した安心感」ではなく、割り切れない複雑な思いでした。
まとめ|「後悔」の正体が見えた日
今振り返ると、この出来事は私たちの今後を象徴する出来事でした。
- 「やりたい」という感情が優先され、リスクへの想像力が働かない義父と妻
- 「家や財産を守る」という私の切実な感覚との断絶
この土地に家を建てたということは、この先何十年も、こうした価値観のズレに振り回され、私一人が悪者として守り続けなければならない……。
その現実が初めて、現実味を帯びて襲いかかってきたのです。これが、私の「家を建てた後の、最初の後悔」でした。

