「兄弟全員のサインが必要」 司法書士さんに告げられたその一言が、これほどまでに重く、私たちの未来を縛るものになるとは、当時の私は微塵も思っていませんでした。
その日は「もう一度サインを貰い直して提出します」と話し、事務所を後にしました。しかし帰り道、義父と妻の表情は晴れません。
妻は「絶対に大丈夫だ」と言い張っていた義父への苛立ちを隠せない様子でした。私も妻から薄々は聞いていましたが、どうやら親族間の仲は、想像以上に冷え切っていたようです。

「お願いします」が言えない、義父の葛藤
以前の書類を揃える際も、全員のサインを集めるまでに相当な時間がかかったと聞きました。 「でも今回は孫(妻)のためだし、そんなに長引くことはないだろう」 そんな義父の楽観的な言葉を信じ、私たちは一度連絡を待つことにしました。
しかし、数週間経っても状況は一向に好転しません。 長男が「サインはしない」と怒り出したかと思えば、次は次男も……。 親族間での収拾がつかない泥沼状態。義父の口からも、信じられない言葉が飛び出しました。
「あいつらは『誠意を見せろ』と言ってくる。指でも詰めろという意味か」

感情を爆発させる義父の姿を見て、私は背筋が凍るような思いでした。
届かない言葉、そして忍び寄る「坪単価アップ」
見かねた妻が、義父が兄弟に送ったメールの内容を確認させてもらいました。 文章自体は丁寧な敬語で綴られていたそうです。しかし、決定的なものが欠けていました。
メールのどこを探しても、「お願いします」「頼みます」という言葉が、一言も入っていなかったのです。
「本当はお願いなんてしたくない」 そんな義父のプライドと拒絶感が、行間から滲み出ていました。今思えば、この親族間の深い溝を目の当たりにした段階で、一度立ち止まるべきだったのです。
「育ってきた環境が違うコミュニティ」に飛び込むリスクを、私は甘く見ていました。
そして、不穏な空気が家族を包み込む中、打ち合わせを進めていたハウスメーカーから、追い打ちをかけるような一本の連絡が入ります。
「来月から、坪単価が上がります」

土地が動かない焦りと、跳ね上がる見積もり。私たちの家づくりは、ここから一気に余裕を失っていくことになります。
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