これまで、義父との価値観のズレについて書いてきましたが、今回の出来事は「家のこと」ではありません。それでも私にとっては、義父という人間を見る目が決定的に変わった、忘れられない出来事です。
発端は、親戚の何気ない一言だった
きっかけは、他県に住む私の親戚が、あるとき口にした「みんなで旅館にでも行きたいね」という一言でした。本当に、ごく軽い世間話のような一言です。親戚同士が集まって、たまには旅行でもできたらいいね——その程度のニュアンスでした。
ところが、義父はこの一言をしっかりと覚えていました。そして、いざ話が動き出すと、義父は完全に「自分が仕切る」つもりで前のめりになっていったのです。

最初から「かみ合わない」日程
ここで、大きな問題がありました。それは「休みがまったく合わない」ということです。
私の親戚が休めるのは、基本的に土日。一方、義父の当時の休みは水曜と木曜でした。つまり、最初から日程の前提が噛み合っていなかったのです。普通なら、まず「みんなが集まれる日はいつか」をすり合わせるところから始めるはずです。ところが、義父は違いました。
すべてが「義父の都合」で決められていく
義父が立てた計画は、こうでした。
- 日程は、自分の休み(水曜・木曜)を優先
- 場所は、自分たちが住んでいる県の旅館
- スケジュールは、ほとんど平日のみ
旅行に行くのは私の親戚なのに、日程も場所も、すべて義父の都合で組み立てられていたのです。当然、土日しか休めない私の親戚と、日程が合うはずがありません。私は内心、「そんなん日程合うわけないやん」と思っていました。誰がどう見ても、無理のある計画だったからです。
決まらない日程に、しびれを切らした義父
当然ながら、義父の「平日中心・自分の県」の計画では、土日しか休めない私の親戚と日程が合うはずもなく、話は一向に前に進みませんでした。
すると、ある日のことです。なかなか日程が決まらないことにしびれを切らした義父が、なんと私の実家にまでやって来たのです。

テレビ電話で「無理やり」決めようとした
私の実家に来た義父は、その場でテレビ電話(ビデオ通話)を使い、離れて住む私の親戚と直接つないで、その場で日程を平日に決めてしまおうとしました。しかし、土日しか休めない相手に平日を承諾させることは不可能です。画面の向こうの親戚も、当然すぐには首を縦に振れません。それでも義父は、強引に話をまとめようとし続けました。
母にぶつけられた、強い一言
話が思うように進まず、義父は次第にイライラを募らせていったようでした。そんな空気の中で、私の母が「みんな平日だと難しいですよね」と、ごく当たり前のことを口にしました。誰がどう考えても、その通りです。
ところが義父は、その言葉に対してこう返しました。
「だから今日来て決めに来てるんでしょ」
強い口調でした。自分の段取りがうまくいかない苛立ちを、まるで私の母にぶつけるかのような言い方だったのです。私はその場で、言葉を失いました。何より苦しかったのは、自分の母が理不尽な言い方をされているのを、目の前で見ていることしかできなかったことです。妻の父親である以上、その場で強く言い返すこともできず、ただ黙って見ているしかない——その無力感は、今でも忘れられません。
そして数日後の、信じられない一言
ここで終わりではありません。さらに私を驚かせたのは、その数日後の義父の発言でした。あれだけ強引に日程を決めようとしていたにもかかわらず、義父はこう言い出したのです。
「挨拶には行くが、泊まらない」
正直、私は耳を疑いました。自分で仕切ると言って、人の都合も聞かず、私の母にきつく当たってまで進めようとした。それなのに、自分の思い通りにならないと分かった途端、今度は投げ出すように「泊まらない」と言う。あまりの身勝手さに、開いた口がふさがりませんでした。
「この人は嫌いだ」とハッキリ思った瞬間
このとき、私の中で何かがはっきりと固まりました。
「この人はありえない。すべてが自分の都合で、思い通りにいかないと、まわりに感情をぶつけて、最後は投げ出すのか」
しかも、忘れてはいけないのは、これは義父の親戚の話ではなく、私の親戚——私の肉親の話だということです。その肉親に対して、ここまで失礼な態度を取られたことが、私にはどうしても受け入れられませんでした。ハッキリ言って、失礼極まりないと感じました。自分の思い通りにならないと、まわりに当たり散らし、最後は放り出す。たとえ妻の父親であっても、私はこの人を「嫌いだ」と、はっきり思いました。
まとめ|「仕切りたい」と「思いやり」は、別物だった
義父に悪気があったわけではないと思います。「自分が音頭を取って、みんなを旅行に連れて行ってあげたい」という気持ちはあったのでしょう。ただ、「仕切りたい」という気持ちと、「相手を思いやる」気持ちは、まったくの別物です。本当に相手を思うなら、まず「あなたたちはいつなら来られる?」と聞くはずです。ところが義父は、最初から最後まで「自分の決めた形に、周りを合わせる」ことしか考えていませんでした。これは、家づくりの過程で私が義父との間に感じてきた違和感と、まったく同じ構図でした。
家を建てる前なら、ここまで深く関わることもなく、義父のこうした一面を知らずに済んだのかもしれません。でも、土地をもらい、すぐ隣に住み、家族として濃く関わるようになったことで、私は義父の“素の姿”を何度も目の当たりにすることになりました。義実家の隣に家を建てるということは、相手の良い面だけでなく、こうした受け入れがたい面とも長く付き合っていくということです。私がこのブログで何度も「お金だけで決めないでほしい」と書くのは、こういう現実があるからです。
この日を境に、私は義父に以前のような素直な気持ちで接することができなくなりました。それでも私たちは、これからもこの土地で、義実家のすぐ隣で暮らしていきます。逃げ場のない関係の中で、どう心の距離を取っていくか——それが、私がこれから向き合い続けなければならない課題なのだと思います。